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僕が“儲からない”災害支援に
積極的に取り組むワケ

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僕が“儲からない”災害支援に
積極的に取り組むワケ

OVERVIEW

『明日から神奈川県庁来れる?』

2020年3月12日、神奈川県の新型コロナウイルス感染症対策本部の統括官であった畑中氏からの「明日から神奈川県庁来れる?」の一言で僕の災害支援に関するキャリアは始まった。

当時から現在に至るまで、コロナ対策に限らず、石川県能登半島地震や奥能登豪雨などの災害支援に無償で携わってきた。

この記事では、僕がなぜここまで災害支援に取り組んできたのか、経緯も含めて記していこうと思う。

医療も感染症も知らない僕が、
コロナ対策本部へ

2020年2月、横浜港に寄港していたダイヤモンド・プリンセス号内にて、国内で初となる新型コロナウイルス感染症の陽性者が確認された(詳細は映画『フロントライン』を是非見てほしい)。

フロントライン

映画『フロントライン』

2020年2月、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」内で起こった新型コロナウイルスの集団感染。その未曾有の混乱の中で奮闘した災害派遣医療チーム(DMAT)の奮闘を描いた映画。2025年公開。

当時、僕はまだ視聴者の一人であり、ニュースで未曾有の病原体について報道される中、どこか他人事のように感じており、2期目であった会社の売上確保に奮闘することで日々精一杯であった。

1ヶ月が経過し徐々に陽性者が増えていく中、共通の知人を通じて畑中氏から連絡をもらい、神奈川県庁に伺うことになった。

医療のことも知らない。感染症のことも知らない。県庁職員を誰一人知らない。

そんな自分に一体何ができるだろうかと、拳銃を持った米兵に竹槍一本持って戦いに挑む日本兵も同じ気持ちだったのではないかと、そんなことを考えながら県庁に向かった。

15分の会議から始まった
『神奈川モデル』誕生の裏側

何を準備したら良いのかわからなすぎて感染症法だけ一読して登庁した僕に最初に与えられた役割は、新型コロナウイルス感染症に関する課題と対策の整理だった。

と言っても感染症の知見もない自分が斬新な解決策を持っているわけでも、何でも治療できるゴッドハンドを持っているわけでもなく、畑中氏の考えを聞いてそれを高速にドキュメントに起こすことが自分の仕事であった。

15分程度の会話をして、早速資料作成に取り掛かった。その資料は後に『神奈川モデル』と呼ばれ、全国の自治体が神奈川モデルを参考にコロナ対策を検討することになる。

今の内容を資料かしてくれ! じゃあ、よろしく。

ハイ…

〈実際に登壇初日に作成した資料〉
初日に作成した資料はその日のうちに知事室で議論され、週末には厚労省にも共有されていた。
初日に作成した資料がベースとなったコロナ対策の概念図「神奈川モデル」。後に多くの自治体に共有されることになる。

ITがなければ回らない。
県のコロナ施策システムを構築

対策の方向性が定まったら、その施策を具体的に進めなければならない。それも高速に。

神奈川県では、宿泊療養、自主療養、抗原検査キット配布、感染症対策取組書など、独自に施策を打ち出していった。そして、そのほぼ全てにITが必要不可欠であった。

神奈川県新型コロナウイルス感染症対策本部の様子。医療体制の整備や住民説明など、コロナ施策が次々と動き出す。その裏側ではITによる情報基盤整備が急速に進められていた。

神奈川県は早々に、サイボウズ社が提供するローコードサービス「kintone」の導入を決定し、それを情報基盤として活用していた。kintoneの開発経験があった私は、2020年5月頃から徐々にIT支援の方に携わることになる。

開発したシステムの概要については割愛するが、施策のほぼ全ての開発に携わり、企画・要件整理・設計・開発・運用・マニュアル作成など、全工程を必死に処理していった。

  • ・感染防止対策取組書
  • ・発熱等診療予約システム
  • ・自主療養届出システム
  • ・転退院調整支援システム

その他、ドキュメント類は僕以外の職員も作成できるようテンプレート化し、業務フロー図の作成支援なども行った。徐々に体制が強化され、単身で取り組んでいた開発も、職員の方とチームで遂行できるようになっていた。

神奈川県のコロナ対策の件、動画と記事で詳しく見れます

2025.7.19

【神奈川コロナ対策】何もしらないSIerが作成した資料がコロナ対応のベースモデルに

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コロナ対策に携わる3年間で
僕が得たもの

あっという間に3年が過ぎ、飲み会も開催される程日常生活に戻りつつあった。

神奈川県在住の僕が、神奈川県庁から帰れないという過酷な時もあったが、これだけ頑張れたのは明確な理由がある。この仕事は、僕にとって「光栄」なことだったのだ。

僕は25歳までフリーターで、ワークログを設立するまでに3社経験がある。不動産から始まり、人材紹介、コンサル、ITと業界を転々とし、客観的に見ればジョブホッパーと言われエージェントからは煙たがられる存在だ。

そんな僕が、「神奈川県」というある意味海外からも認知されている大企業から、しかもコロナ対策という命に関わる重要なミッションに携われるなんて、大変名誉なことだ。手上げして参画できるわけじゃない。しかも1日だけではない、数年にわたって関わるというのは、大きな自信になった。

今まで日陰を歩いていたのが、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、胸を張って太陽の下を歩いても良いのかな、そう思えるようになった。

神奈川県にはそう恩を感じながら、この経験を次にどう活かすべきか、そう考えていた時に事件が起きた。

電話を受けて、すぐ金沢へ
次は石川県能登半島地震だった

2024年1月、今度は神奈川県CIOである江口氏からの電話が鳴った。

理由は明らかだった。電話を受けて金沢に向かう準備をした。

石川県能登半島地震では、デジタル庁に加え多くの民間企業が災害支援として現地に入っていた。ワークログもその1社であり、聞けばこれだけ多くの民間企業が災害支援に入るのは能登半島地震が初めてだという。

金沢に入った僕は、DMAT(Disaster Medical Assistance Team。つまり災害派遣医療チームのことだ)の活動拠点本部に入り、主に高齢者施設の被災状況管理と搬送調整支援を行った。

その後石川県デジタル推進室の対策チームに加わり、今まで紙面で行われていた被災者訪問アセスメントの管理ツールの構築に取り組んだ。

能登半島地震の現場で構築した「被災者訪問アセスメントシステム」。紙運用だった被災者情報をデジタル化し、支援の迅速化につなげた。

さらに豪雨が襲った能登半島で
被災者支援の仕組みをつくる

復興に向けて活動を続け、能登半島地震に関する報道も減ってきた2024年9月、さらに豪雨が能登半島を襲った。能登町では、役場の近くを流れる川も泥水で溢れ、山肌があらわになり、いつ地すべりを起こしてもおかしくない状況であった。

一部の仮設住宅が水害に合い、今度は二次避難に向けて誰が、どこに避難し、現在どのような状況にあるのか(自宅の被災状況、健康状況など)を管理する仕組みを用意した。デジタル庁との協力の元で、マイナンバーカードとの連携も実装した。

能登でのミッションは“災害関連死ゼロを目指すこと”

地震対応で構築した仕組みを運用し続ける中で、2024年9月、能登豪雨が発生し引き続き現地支援に関わることになった。

石川県での災害支援は、官民連携の成功事例の1つだと言える。各社プロボノ前提で支援していたため自社の利益度外視で、会社・個人の強みを活かし、それぞれが自分の役割を見つけながらプロジェクトマネジメント、サービス提供、構築支援に取り組み、そして民間を快く受け入れる決断をした石川県の対応も、短期間で複数の施策をリリースできた所以だろう。

能登半島災害についてもしっかり話してます

2026.4.14

【能登半島災害】命の現場で、情報を繋ぐ。ミッションは災害関連死ゼロ【プロジェクト対談】

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「IT版DMATが必要だ」
現在の課題と次のアクション

神奈川県・石川県、その他災害支援を通じて僕が考える防災DXの課題は次の通りだ。

課題01|官民連携のコンソーシアム形成

DMATは、医師・看護師など医療従事者を中心に組成されている組織だ。これと同じように、IT人材で組成された災害支援チーム、言わばIT版DMATのような組織が必要不可欠だ。

厚生労働省、デジタル庁、都道府県、DMAT・DPAT・災害支援ナース等現場で活動する災害医療チームなど、各ステークホルダーと議論しながら、防災DXのあり方を検討・議論する場を設ける必要がある。

課題02|防災DXに必要な機能の決定

組織ができたら、組織が持つべき機能を定義しなければならない。石川県では主に、プロジェクトマネジメント、データ連携基盤、データ収集用画面構築、全体設計などの機能が求められた。

石川県での活動実績をベースに、今後同様の災害が発生した場合、フェーズ毎にどのような機能が必要であるか整理が必要である。

課題03|機能を実装するツールの選定

防災DXに必要な機能が定義されたら、どう実現するかを検討しなければならない。ツールを選定の上、その操作・構築に長けた人員の確保が必要である。

DXの第一歩目は、ツールの選定だと思う。その上で、発災直後に慌てて仕組みを構築することなく、災害発生後即時に仕組みを立ち上げることのできるよう事前準備をすべきだ。

できることを全力で。それが僕の役割

課題はわかったとして、果たして国が長年抱えるこの巨大な課題に、ワークログ程の弱小企業が一体何の役に立つのか。

正直、それは僕にもわからない。

それでも、声をかけて頂ける間は、自分の引き出しを全てさらけ出すつもりで、できることは全力でやろうと思う。

娘が『パパはヒーローだ』って。
だって、パソコンでみんな救ってるんでしょ、って。

かっこいいパパでいよう。これが、僕が災害支援に取り組むワケだ。

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